若田部昌澄

Jオピニオン


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若田部 昌澄 (WAKATABE, Masazumi)

早稲田大学政治経済学術院教授


 

経済学とジャーナリズムのより良い関係を求めて:経済学研究科経済ジャーナリズムコースの目論見

Ⅰ.経済ジャーナリズムコースの開設

 2013年4月、早稲田大学大学院経済学研究科は経済ジャーナリズムコースを開設しました(このことはすでに朝日新聞社が発行している『Journaiism』2013年5月号などで紹介されています)。これは、すでに2012年4月から始動している経済ジャーナリズムプログラムを発展させたもので、政治学研究科ジャーナリズムコースとともに、早稲田大学全体としてのジャーナリズム大学院を展開していく一環です。経済ジャーナリズムに焦点をあてた教育プログラムとしては私の知る限り、日本では初めての試みといえるでしょう。
 ただし、このコースの主たる目的は、必ずしも経済「ジャーナリスト」を養成することにはありません。正確に言うと、「経済学コミュニケーター」を養成することにあります。これは、「科学コミュニケーター」から借用した概念で、経済学の専門知識を、一般人にも間違いなく、分かりやすい形で伝え、逆に一般人の思うところ、感じるところを経済学の専門知識にフィードバックしていく存在をイメージしています。具体的には、エコノミストの要請も視野にいれています。科学技術ジャーナリスト養成コースから始まった科学コミュニケーター育成というジャーナリズム大学院の創業の理念とも共鳴しあうものです。
 もちろん、ジャーナリスト志望者にとっても要望にこたえるだけの科目を用意しています。経済ジャーナリズムコースは、すでに政治学研究科ジャーナリズムコースで蓄積された豊富な経験と資源を利用できるようになっています。
 こうしたコミュニケーターの必要性については、1990年代以来の経済停滞を経験してきた日本においては、ことさら強調するまでもないでしょう。多種多様な意見が存在すること自体は問題ではありませんが、あまりに初歩的なところでの誤解や勘違いが多いようでは問題です。また、多種多様な意見を伝えるためにも、学界での共通点を踏まえたうえで対立点、相違点を整理して理解すべきです。他方、学界の側も、業績としての評価につながらないなど、社会に発信することへのためらいがあったりします。けれども、経済政策の多くは人々の生活に影響をもたらします。こうしたギャップをうまく埋めることが出来る人が育ってくれるとよいと思います。

 

Ⅱ.カリキュラムの実際

1.経済学の基礎の重視
 このコースでは理論と実証という経済学の基礎を重視します。そのため、経済学研究科で必修科目として指定されているミクロ経済学、マクロ経済学、経済データ分析の3科目を履修する必要があります。これらの科目については、現在経済学研究科では博士課程進学希望者向けに体系的にミクロ、マクロ、計量経済学の上級科目も開設しており、関心に応じてそういう科目を選択することも可能です。
2.特色ある経済ジャーナリズムコースの科目
 次に、経済ジャーナリズム関連科目群があります。
・「ジャーナリストのための経済分析入門」と「ジャーナリストのための実証分析入門」は、経済ジャーナリズムコースの入門科目です。ともすれば大学院での講義は理論や実証の技法を学ぶことで終わってしまい、なかなか現実問題への応用にまで行かないことがあります。この講義ではそれを補うために、経済学の理論と実証の分析用具を「使う」ことに主眼を置いています。この科目については、片岡剛士さん(三菱東京UFJリサーチ&コンサルティング経済社会部主任研究員)のご協力を得ています。片岡さんは『日本の「失われた20年」』(藤原書店、2010年)、『円のゆくえを問いなおす』(ちくま新書、2012年)、『アベノミクスのゆくえ』(光文社新書、2013年)といった著作で知られる気鋭のエコノミストです。
・「景気分析入門」は、よりエコノミスト養成的な科目です。この科目ではすでに40年近く景気分析に携わっておられ、日本の第一人者というべき嶋中雄二さん(三菱東京UFJモルガン・スタンレー証券景気研究所長)をお迎えしております。
・「ジャーナリストのための企業分析入門」は、きわめてユニークな科目です。経済ジャーナリズム・メディア研究セミナーで、オリンパス事件の報道により「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞大賞」を受賞されたフリージャーナリストの山口義正さんのお話を伺う機会がありました。山口さんの奮闘ぶりは『サムライと愚か者』(講談社、2012年)に描かれていますが、山口さんがスクープ記事をものにできた理由の一つは、公社債アナリストの経験があって財務諸表などを読み込むことが出来たからだといいます。もちろん、会計や財務分析も習得に時間がかかる分野ですので、この科目だけですべてがわかるわけではありません。しかし、最初の時点でとっかかりをつけておくことが大事でしょう。薄井明さん(早稲田大学ファイナンス研究科教授)はじめ、会計の実務家のお力を借りて、運営をしています。
・「ジャーナリストのための経済史入門」
このコースでは、経済ジャーナリストにとって必要な教養として、歴史も重視しています。この科目は中村宗悦さん(大東文化大学経済学部教授)にご担当いただいています。『経済失政はなぜ繰り返すのかーメディアが伝えた昭和恐慌』(東洋経済新報社、2005年)といった著作があり、日本経済史の専門家であると同時に、日本で数少ない経済メディア史の専門家でもあります。『週刊ダイヤモンド』では2013年5月から14年4月まで、「『週刊ダイヤモンド』で読む日本経済の100年」という連載を持たれておりました。
・経済ジャーナリズム・メディア研究セミナー
このコースの研究面での核にあたるのが、経済ジャーナリズム・メディア研究セミナーです。これは毎週1回行われるセミナー形式の講義です。このセミナーでは、第一線で活躍されている学者、ジャーナリストの方をお呼びして、経済学とジャーナリズムの関係についての双方向的研究を行っていきます。
 2014年度は、「経済ジャーナリズム・メディア研究セミナーB:経済メディアの世界」として前半は週刊ダイヤモンドとの提携講座です。ダイヤモンド社は創立100周年を迎えた日本の大手経済系出版社で、雑誌『週刊ダイヤモンド』やビジネス書を多く出版しています。最近のダイヤモンド社の書籍部門では、テレビ『半沢直樹』の原作本などが良く売れています。セミナーの前半では毎週、実際に雑誌、書籍の編集の担当者にお越しいただき、「書籍企画書の書き方」といった実習的な指導もしてもらいます。後半は、その時々の話題の経済問題を取り上げ、そうした問題と関係の深い第一線の経済学者、ジャーナリストの人に来ていただく予定です。
3.実践科目群
 こちらは、ニューズライティング入門と、インターンシップあるいはフィールドワークの二つの系統が用意されています。
・ニューズライティング入門
 2014年度からは、ジャーナリズム大学院全体でニューズライティング科目の統一と見直しが行われました。二人を組み合わせることで「一粒で二度美味しい」ことになりました。経済に関わるところでは二つの科目が提供されています。
<一般・経済>牧野洋・磯山友幸
<経済>:田村秀男・軽部謙介
 皆さん大変優れたジャーナリストです。詳しくはネット検索にゆだねますが、あえていえば田村さんはオピニオンの発信に長けたジャーナリスト、軽部さんはファクトの追及に長けたジャーナリストです。お二方とも何冊も本を出されておられますし、軽部さんは最近、「消費増税でわかった2400万人の貧困」(『文芸春秋』5月号)という興味深い記事を書いています。どちらかといえば、経済のマクロ的側面を取り上げるタイプです。
 牧野、磯山さんは、ともに日本経済新聞出身のフリージャーナリストです。どちらかといえば経済の企業と産業といったミクロ的側面を取り上げるタイプのジャーナリストです。牧野さんはコロンビア大学ジャーナリズムスクールに留学されていたこともあり、日米のジャーナリズムの違いについて詳しくご存知です。磯山さんは会計の知識も豊富です。お二方とも、ウェブ上でも連載コラムをお持ちです。
・インターンシップあるいはフィールドワーク
 さらにジャーナリズム大学院では、インターンシップあるいはフィールドワークが用意されています。日本の大学院としては初めて、ロイター通信社へのインターンシップも実現しています。
 なお、社会人の方は、インターンシップの免除も可能です。

 

Ⅲ.どう応募すればよいのか

 このコースでは、現在このコース向けの特別の入試はしておりません。学生は経済学研究科の修士学生として入学し、研究指導についてもほかの学生と同じ研究指導を受けます。修了の暁には修士(ジャーナリズム)が授与されます。入学試験で求められる英語力と経済学の基本的な知識が前提となります。ただし、社会人については、英語力の証明だけが入試の要件になっております。
 なお、さらなる入試の詳細については経済学研究科のHPを参照してください。
http://www.waseda-pse.jp/gse/2011/11/20124-4.html

 このコースは、広い意味でのエコノミスト・ウォッチャーである私にとっても楽しみです。経済ジャーナリズム、あるいはエコノミストを志望する多くの皆さんの応募をお待ちしております。