早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズムコース top line
これは2005年度から2009年度までのMAJESTyプログラムのアーカイブです
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第14回MAJESTyセミナー報告
メディアの地殻変動とジャーナリズムの将来 
―世界の科学技術ジャーナリスト養成の現場から―
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 「各国の科学技術ジャーナリスト養成の現状と課題」をテーマに、MAJESTyプログラムマネージャー谷川建司教授司会のもと、第14回MAJESTyセミナーが開催された。
photo01  セミナーは事例報告とパネル・ディスカッションから構成された。事例報告では日本、フランス、アメリカ、中国における科学技術ジャーナリスト養成の現状や課題を、養成に関わる4名が報告した。早稲田大学・西村吉雄客員教授、パリ第7大学・Baudouin Jurdant教授、コロンビア大学・Marguerite Holloway助教授、中国科学技術大学・周荣庭副教授である。
 パネル・ディスカッションでは、報告者全員に司会の谷川教授も交え、ときおり笑いが起きるなど和やかな雰囲気の中で活発な議論が展開された。
   
1.変わりゆくメディアにおける科学ジャーナリズムと技術ジャーナリズム
:西村吉雄・早稲田大学政治経済学術院客員教授
   
  photo02 日本で初めてのジャーナリズム大学院であるMAJESTyの取り組みを紹介したうえで、
(1) 日本の大学院でジャーナリズム教育を行うことの難しさ
(2) 技術ジャーナリズムと科学ジャーナリズムの違い
(3) インターネットの普及がもたらした技術者、科学者そしてメディアの変化
について述べた。
 (1)について、まず日本の大学院は従来、研究者の養成機関であったため、専門職業人としてのジャーナリストを育成する大学院への移行が容易ではない点を挙げた。また、日本のマスメディアが抱く大学のジャーナリズム教育への不信感についても指摘した。日本のメディア企業は、自社の記者をOJT(On the Job Training)によって育成してきた。そのため「大学はジャーナリズムを研究することはできても、ジャーナリストを養成することはできない」と大学院などでジャーナリズム教育を受けてきた者の採用に懐疑的だった。
 加えて、技術ジャーナリズムと科学ジャーナリズムの違いも大学院でのジャーナリズム教育を難しくしている。技術ジャーナリズムの世界では、取材相手は特定の技術分野の専門家であり、読者も同分野の専門家であるため、記者にも同分野への深い見識が求められる。一方、科学ジャーナリズムの世界では、取材相手はさまざまな分野の科学者であるが、読者は一般の人々であるため、技術ジャーナリストほど専門的な知識は求められない。そして日本では、読者数、広告費ともに科学ジャーナリズムより技術ジャーナリズムのほうが規模が大きいため、ジョブマーケットの規模も技術ジャーナリストのほうが大きくなっている。
 しかしMAJESTyでは、学生間の科学技術への知識の差が大きいことに加え、技術ジャーナリズムは各分野で細かく分かれているため、技術ジャーナリストの教育ができていない現状がある。大学院が輩出する人材と科学技術ジャーナリズム業界が求める人材に、ミスマッチが生じている。
 一方、インターネットの普及によって、新技術の発表など各企業がそれぞれに情報を発信できるようになり、それらに誰もが自由にアクセスできるようになったため、メディアが報じるストレートニュースへの需要が減退した。それにもかかわらず、各企業の技術、製品の比較・分析記事は従来以上に求められている。しかしストレートニュースを書かずに、若手記者が成長できるのか、という問題が生じている。インターネットの普及による伝統的OJTの限界、その一例がここにある。
 上記以外にも、大学院における科学技術ジャーナリズム教育には今後、成長していく芽もある。世界的な経済危機によってマスメディア各社の財務基盤が揺らいでおり、従来どおりのOJTを継続することが難しくなってきている。そのため今後、大学院によるジャーナリズム教育の果たす役割が見直される可能性がある。
   
2.科学ジャーナリストを育成する理由およびその方法
:Baudouin Jurdant・パリ第7大学科学ジャーナリズム研究科教授/研究科長
   
  photo03 「ジャーナリストに求められる資質は、与えられたいかなる情報に対しても批判的な見方ができることだ」と述べたうえで、パリ第7大学で実地している個性的な科学ジャーナリスト養成プログラムを紹介した。
 従来、科学者たちは自らが科学を深く理解し、かつそれを科学者以外の人たちへ伝えようという意欲さえあれば、科学について説明することは容易であると考え、科学コミュニケーターの育成は不要だと考えてきた。しかし、理系の人間は学生時代に自らが専門とする分野に関する膨大な知識を会得することを求められるうえ、研究活動の経験が少ないため、科学はいつでも正しいものと妄信しがちで、科学に対して疑問を抱くことが難しくなってしまう。
 ここに科学技術ジャーナリストを養成する意義がある。科学技術ジャーナリストには科学に関する知識を専門家とは異なる視点から捉える、あるいはさまざまな利害と関連づけて報じるといったことが求められる。
 こうした素養を身につけるため、パリ第7大学では、科学に関する過去の論争を文書に記録し、それに関する物語を書き、公衆の前で劇として演じるプログラムを組んでいる。論争のテーマには「遺伝子治療と細胞治療」などが取り上げられている。
 この過程で学生たちは、現在通説となっている科学の理論も、必ずしもその理論自体が科学的に優れているから現在広く受け入れられているわけではなく、過去には拮抗する理論があったが政治的力学など科学以外の分野の競争に敗れたため、現在は日の目を見ないでいる現実などを知る。こういった体験が科学を絶対視せず、批判的に捉える姿勢を養う。
   
3.アメリカの科学ジャーナリズムの過去、現在、未来
:Marguerite Holloway・コロンビア大学科学・環境ジャーナリズム研究科助教授/共同ディレクター
   
  photo04 米国の科学ジャーナリズムの歴史を振り返ったうえで、その現状や今後の行く末について考察した。
 まず経済危機によって打撃を受けたメディア各社が多くの科学専門記者を解雇し、科学に関する新聞・雑誌のダウンサイジングが進んでいる現状に懸念を示した。またこれに伴い、科学報道における官公庁や大学が発信するプレスリリースへの依存度が上昇している現状、科学者が自ら情報発信するブログなどの増加によって科学ジャーナリズム不要論が叫ばれつつある点も指摘した。
 こうした状況において科学ジャーナリストに求められる仕事は、科学を専門用語ではない平易な言葉で伝えること、科学を政治的・経済的・文化的側面から捉えることである。また、デジタル時代のジャーナリズムとしてウェブやデータベース、解析ソフトなどを用いた調査報道にも期待感を示し、その具体例として「科学者の資金源」を明らかにすることを挙げた。
 また、現在のジャーナリズム教育の問題点として、仕事を辞めてジャーナリズム大学院に入学してくる学生たちが、プログラムを終了して再度社会へ出るさいに得られる職の収入が、以前働いていた職場のそれに及ばないことが多いという厳しい現実がある。
   
4.中国における科学技術ジャーナリズム教育
:周荣庭・中国科学技術大学科学技術政策・コミュニケーション学科副教授/学科長
   
  photo04 まず、中国の科学技術ジャーナリズム教育の現状として、中国科学技術大学を紹介した。ここでは学部生に対して、科学技術に関する知識に加えてコミュニケーション能力や数学、コンピューター、物理学など他分野にわたる教育を行っている。卒業生のうち約30名が国営の新華社通信へ入社し、現在の中国の科学技術報道を担っている。一方で新華社通信の副編集長から、中国科学技術大学の卒業生は対人コミュニケーション能力に欠けるうえ、記事がまじめすぎてつまらないと苦言を呈されたこともあり、今後に向け課題も抱えている。
こうした批判を認めたうえで、中国の科学技術ジャーナリスト教育の問題点として
(1) 規模の小ささ
(2) 十分でない人的、経済的援助
(3) 独立した科学技術ジャーナリズムプログラムがほとんどない
(4) 柔軟性にかける管理方式や教育プログラム
などを挙げた。
 なかでも、科学技術ジャーナリズム教育を専門に行う大学、大学院が非常に少ない点を懸念した。現状では科学技術ジャーナリズム教育プログラムの大半が、他の学部に付属する形でしか提供されていない。
 一方で、今後の科学技術ジャーナリズム教育には期待ができる。その理由として、中国が国として科学技術ジャーナリストの必要性を認めていること、施設面・金銭面の双方で援助が広がっていること、中国科学技術ジャーナリズム協会が毎年シンポジウムを開催するなど科学技術ジャーナリズムの地位向上への動きが広がっていることを挙げた。
   
5.パネル・ディスカッション
「マスメディアの変容とローカルな科学技術ジャーナリズムの現場への影響」
   
 
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 「科学技術ジャーナリストはどういう場面で必要とされるのか」という会場からの質問に対し、西村教授は税金を科学者へ分配する国家と税金を支払う国民の双方にとって必要だと主張した。国は、予算をつけた科学技術のプロジェクトが残した実績を、ジャーナリストにより国民へ伝えてもらいたい思惑がある。また納税者である国民のために、政府が正しい予算の使い方をしているか検証し、批判する仕事も求められる。西村教授は後者の役割がより重要になると指摘した。
 これに対してJurdant教授とHolloway助教授から、欧米では一般人が身近な公衆衛生の改善や調査を、行政やメディアにロビー活動を通して働きかけるという新しい動きが始まっていると述べた。
 また「科学技術ジャーナリストに必要な素養は何か」との問いに対してはさまざまな見解が示され、議論は熱を帯びた。
 Holloway教授は科学者と同様の素養が求められるとした。強い好奇心と探究心、自説を検証するための自己批判を心がけること、問題を多方面から捉えること、文章力などである。周副教授はコンピューターやデジタルメディアへ精通していることが重要になるとした。
 西村教授は「科学技術」ジャーナリストに必要な素養というように、ジャーナリストの中で「科学技術ジャーナリスト」を特別に考える姿勢に疑問を呈した。そのうえで、科学技術ジャーナリストにも他分野のジャーナリストと同様に取材先と対等に渡り合えるだけの知識や人格が求められるとした。
photo11 この主張に対して谷川教授は、学生は一般的に科学技術に苦手意識を抱いており、これが科学技術ジャーナリズムを特別なものと捉える要因となっているのではとの考えを示した。そして、大学院の修士課程では科学技術への苦手意識や距離感をなくす教育を行うことが大切になるだろうと話した。

(早稲田大学J-School修士1年 宮前 観)

写真:藤吉 とーきち 隆雄