『会社四季報』という奇異な媒体で学んだこと
J-School '16年春入学
劉 彦甫(リュウ イェンフ)
 
 早稲田ジャーナリズム大賞に名前を冠し、J-Schoolのパンフレットにも掲載されている石橋湛山。彼がジャーナリストとして活動していた東洋経済新報社に入社して4年目を迎えました。追究したいことをとことん取材させてくれる「放置プレイ」寸前の自由な社風を生かし、企業取材だけでなく台湾や香港情勢も追いかける刺激的な日々を過ごしています。
 
 ただ、「自由」が売りのそんな東洋経済にも年に4回強制的に参加を求められる「お祭り」があります。主要企業の四半期決算後に刊行される『会社四季報』の執筆です。日本の上場企業約3800社のすべての業績予想や動向についてまとめた2000ページ以上に及ぶ分厚い雑誌です。3、6、9、12月と年4回発売され、発売1ヶ月前は四季報の記事を書くために総勢100人以上の記者が取材に奔走します。
 
 私は現在、四季報でパナソニックなどの総合電機メーカーや日本電産、村田製作所などの電子部品企業の計35社を担当し、これらの業績や動向についてそれぞれ9行(約170字)でまとめます。四季報の記事執筆を「お祭り」と表現したのは、執筆や編集にかける負担が重く、一人一人の記者はもちろん、東洋経済の編集局全体が騒然となるからです。
 
 各企業の情報をたかが9行にまとめる作業の何が大変なのかと疑問をもたれるかもしれません。確かにただ企業側が発表した内容を書くだけなら楽です。ところが、四季報は企業の発表をそのまま書くのではなく、取材や財務分析を通じて独自に業績予想や見通しをたてます。
 
 根底にあるのは本当に企業側が信頼できる情報開示を行っているのかという疑問です。開示された情報を丹念に分析し、広報・IR部門はもちろん役員や各事業に携わる人たち、取引先などにも取材し、調査会社のレポートなども含めあらゆる情報を積み重ねて開示されない事実を追います。そのため、たった9行とはいえ、一企業の記事を書き上げるのに膨大な時間をかけます。
 
 ただし、この四季報の記事はとても奇異なものです。なぜならあくまで分析による企業業績の見通しを示した予想が主だからです。起きた事実を書く一般的な報道とは異質なもので、中には予想が外れてしまい、結果として「誤報」になることもあります。
 
 それでも投資家を中心に多くの読者に四季報は支えられ、東洋経済のドル箱媒体となっています。単に過去の事実や企業の発表をまとめる以上に、予想ゆえの記者が分析した独自情報という付加価値が評価されています。企業を監視しながら、独自情報を出す媒体がいかに必要とされ、価値ある媒体には読者がお金を出してくれるかを経済記者としての基本動作とともに『会社四季報』を通して日々学んでいます。
 
春夏秋冬の年4回発行される『会社四季報』。劉さんによると、「冬」は株式市場では悪い意味があるため、「新春」号として「おめでたさ」を出しているとのこと(写真提供:劉さん)
 
同窓会報第12号記事
2021.5.14配信