第5回キックオフ・シンポジウム

 Jスクールの第5回キックオフ・シンポジウム「現代世界のメディア・アナリシス」が、2008年3月8日、午後3時~4時45分、早稲田大学西早稲田キャンパス1号館4階401教室にて開催された。Jスクールと早稲田政治学会が共催した。春休み中という時期にもかかわらず、セッションには70名近くの聴衆が集まり、間近に迫ったJスクール発足と、本セッションのテーマへの関心の高さが伺われた。司会の田中孝彦・早稲田大学政治経済学術院教授による導入のあと、谷藤悦史氏(早稲田大学)、日野愛郎氏(首都大学東京)、久保慶一氏(早稲田大学)の3人のパネリストより報告が行われた。

 谷藤氏は「政治コミュニケーションの変容と研究動向」というタイトルで、米国を中心に発展してきた政治コミュニケーション研究の発展を歴史的に概観し、政治環境や政治アクター、メディアをとりまく環境の変化という流れのなかで、ミクロ研究の分野で①態度研究から認知研究へ、②政治マーケティング研究、③ニューメディアの政治的利用の研究、という3つの発展があり、マクロ研究においては、①政治のメディア化・メディアの政治化と民主主義の関連、②体制変動とメディアの関連、という2つの分野で研究の発展が著しいことを指摘した。谷藤氏は報告のなかで、一国研究から比較研究へという流れがここ10年余の研究潮流となっていることを強調した。Jスクールにおけるメディアの政治学的分析においても、比較研究を進めていくことが重要であろうと思われる。

 日野氏は「極右政党のマスメディア利用とコミュニケーション戦略-ベルギーを事例にした比較分析」というタイトルの報告を行い、政党による政治マーケティング(選挙市場における有権者への政党・候補者・政策の売り込み)を分析した。日野氏はまず、ベルギーの極右政党が行ったキャンペーンの映像や配布物を材料として内容分析を行い、それらの政党がどのような狙いのもとにどのようなキャンペーンを行ったかを明らかにした。さらに、これらの政党が戸別訪問、パンフレット配布などの政治キャンペーンに他の政党と比べてはるかに大きい額の支出をしており、その大部分が政党助成金によってまかなわれていること、マスメディアの利用においては政見放送をたくみに利用したことが指摘された。その後、政党助成金制度と政見放送制度が極右政党の成功に貢献していることを明らかにするため、西欧15ヶ国、1950~2004年の選挙をもとにした計量分析を行い、政見放送制度が極右政党の出現を促す傾向にあるのに対し、政党助成金は極右政党の出現と勢力拡大の双方を促す傾向にあることを指摘した。

 久保氏は「旧ユーゴスラビア地域における政治とメディア」というタイトルで、1990年代以降の旧ユーゴスラビア地域の事例分析を行った。まずナショナリズムとメディアの関連について、全国ネットのテレビ局が作られなかったことが、国民統合を維持しようとする連邦エリートの弱体化につながったことを指摘し、また、当時の映像を上映して、共和国エリートがナショナリズムを高揚させるためにメディアを積極的に活用したことを示した。つぎに選挙権威主義体制におけるメディアの役割を論じ、国営メディアが政権寄りの報道を行い、反体制の独立系メディアが弾圧されたことが指摘された。つぎに、内戦や空爆に関連し、旧ユーゴ諸国が内戦の際に国際世論を味方につけるためメディア・キャンペーンを行ったこと、NATO空爆の際にもNATOとユーゴの双方がメディアを積極的に利用しようとしたことを示した。最後に、旧ユーゴ地域において、戦犯行為の映像がテレビ放映されたことを契機に独善的な事実認識が変化したり戦犯裁判に発展したりする事例があり、「真実と和解」においてメディアが肯定的な役割を果たす可能性もあるのではないかと論じた。

 3人の報告の後、アレクサンダル・ブッフ氏(日本学術振興会)が討論を行い、メディアを独立した存在としてとらえるよりも、社会内の関係性のなかでとらえるべきではないか、欧州の極右政党の台頭の背景には、欧州統合や移民の流入といった社会的要因も重要ではないか、ナショナリズムにおけるメディアの役割について、アンダーソンの理論をもっと批判的にとらえるべきではないか、といった問題提起がなされ、その後、フロアも交えた議論が行われた。

 司会の田中氏はシンポジウムを次のように締めくくった。「政治によってメディアが劣化し、メディアの劣化によって国民、政治が劣化するという悪循環が起こりかねないように思われる。だとすれば、Jスクールの存在意義はますますもって大きくなると言えるのではないだろうか」。ジャーナリズム・メディアの役割に関する深い洞察力を養うためには、メディアの政治学的分析を総合的に進めていかなければならないことを示したシンポジウムであった。